イケメンマインド☆(仮)

 僕の一日はお気に入りのクマのキャラクターのトースターでパンを焼き、それに近所の激安スーパーやすもん♪で買うチョコクリームをたっぷり塗る。もちろん目玉焼きも作るし、レタスとアスパラとトマトの入ったサラダも作る。
 僕の彼氏晴彦はパチスロ好きでいつかプロになるって言ってる。僕は心から応援している。だって晴彦にはその才能があるって僕はわかってるから。
 今はちょっと調子が悪くて少しだけ借金してるけど、でも、でも大丈夫。
晴彦の生活は僕が支えるよ!

 晴彦は今は無精ひげを生やしてるけど、それをさっぱり綺麗に取り除けば超絶いい男で僕は正直イケメンに激弱い。
 朝、光が差すベッドで彼の半分ボケた寝顔を見るのが最高に幸せだった。
 夜は獣のように互いに愛しあった。イケメンな上にあっちもいいんだよね晴彦は。
 そしていつも「大好き」って囁き合う。こんな生活がいつまでもずっと続くと思ってた。ずっとずっと。
 でもそんな天国のような僕たちの甘い生活は、僕の失業という文字と同時に終わりを告げた。
 晴彦はいつのまにか年上のパトロンを見つけると去り際にこんなセリフを吐く。

「夢を見るには資金が必要なんだ。お前を愛していたけれどでもそろそろ現実見なきゃな」

 意味不明な言葉を薄いくちびるに乗せ、少年みたいな綺麗な瞳で遠くを見る。
 そしてまるで自分探しの旅に出るようにバック一つで出て行ってしまった。

 ふっ、去り際までかっこいいんだから……。
 がらんとした部屋にとり残された僕。

「ああ、仕事探さなきゃ」

 彼氏の世話どころか自分の食いぶちまで危なくなっている。

 そしてこの出来事はもうこれ以上は悪いことなんて起きないくらい酷いことだと思った。
 
 横断歩道の信号が青に変わるメロディが辺りに鳴り響き、僕はふと現実に引き戻された。
 見上げた空は暗く濁っている。

 
 新しく見つけたファーストフードのバイトはなんだか折り合いがよくなく、とにかくイケメンが全然いない。

 昼間なんて特に60代のおばさんとか50代のおじさんとかでみんな人がいいんだけど、ここは老人ホームかな? という感じで、いま一つ張り合いがない。
 そんなもんだから少しトロいところのある僕はあっという間に店長に首にされた。
 バイト料安いくせに生産性ばっか求めんなよ!

 自分がやってきたことが酷く無駄だったような気がして途方もなく凹んだ。
 誰かを支えるって気力がなくなると、ここまで人生が萎えるものなのかと思った。
 恋愛とかでなんだか死にたくなるなんてよくある話だよなと思いながらも、それでもあの彼の微笑だけで僕は生きがいを見つけていたのではないだろうかと思う。

 新卒で入った仕事が、ほとんど一生の仕事みたいになるのはどこの業界でも同じだ。

 今まで出版関係の仕事だったからやっぱ中途採用でも今度も同じ業界がいい。
 とはいえこの不況でそうそう条件のいいところもない。

 でもやっぱり転職となると、その業種がいいのは間違いないところだ。
 結局30社くらい受けまくって、全部落ちた時はすべてを呪いたくなった。

 このままでは貯金が底をついてしまうと焦りまくり、百円ショップを味方につけて、しまいにはお金があった時に使っていた複合機のプリンターで面接用の写真を印刷した。

 どの会社も返事が早いのは落ちたときのみ。本当に素早く断りの電話がくる。
 もうしまいには腕の感覚がなくなるほど履歴書を書いていた。

 印刷関係の仕事をしていました。主に写真の雑誌ですが、編集から撮影補助などに関わったのは2年ほどです。

 僕が好きなのはイケメンです。顔がイケていれば性格なんてどうでもいいのです。

 本当に顔さえよければ。彼が微笑んでくれるだけで僕は生きていけた……。
 
 途中で書いていて涙が溢れてきた。ゴーゴーと耳の中で悲しみの地響きが聞こえる。
 涙の粒がぽたりと履歴書に落ちて、それが滲んだ。
 情けない……。しかも履歴書なのに何故か途中からポエマーみたいになってる?

(こんなの使えるわけないだろ!)

 すぐに破り捨てた。
 そうこうしているうちに貯金が四桁になり、住んでいるところもやばくなってきた。
 そうしてようやく引っかかったのは一社のみ。面接にこぎつけたのも一社のみ。
 
 
 新宿の歌舞伎町を更に奥に行くと、そこに古ぼけたビルが建っていた。築40年は経っているはずだ。
 すこし建物にひび割れがあってこれはちょっと地震がきて揺れたら確実に陥落すると感じるところだ。
 それだけで僕の未来に暗雲が立ち込めては来たが、ここで引き返したら無一文だ。
 自分にそう言い聞かせて、僕は左奥にある階段を登った。
 入り口のドアのガラスも少しヒビが割れて、ごまかしにもならないちびたガムテープで補正されている。
 やる気のなさそうな受け付けのおばさんに、面接室という簡単なパーテーションで分かれた部屋に通されて、ほこりっぽい椅子に腰掛けた。
 面接に出てきた親父は、妙に小洒落たオーダーメイドの薄茶の背広を着て無理矢理艶っぽさを演出している。

「この会社の印刷物はほとんどが大人向けのものだが構わないか?」

 そう言いながら、見本の雑誌なり週刊誌なり見せてもらった。おっ、なんとゲイの雑誌! 僕には全然OK。
 むしろちょっと僕の好みとは違うけれど屈強な男子だらけの雑誌とかそういうのは全く問題なくOKだった。

 男臭い職場かと思ったけど初日、そうでもなかった。
 男臭いというよりも若干枯れ気味。若い男があんまりいない。
 前の印刷会社ではそれでもまだ僕と同じくらいの人はいたと思うのだけど。
 これは酷い職場だ。詐欺だ。いや、イケメンが沢山いるって情報は別になかったけど、一人くらい。一人くらいいたって……。

 僕の上司は唐木戸って面接の時の面接官だった。
 でもバイトでも雇ってもらえただけ良かった。
 でも僕の手取りは元彼が戻ってきてくれるような収入ではなくなっていた。
 そうして半年ほど経った頃僕はやっと社員になった。

「ツキちゃん、修正部分もう終わった?」
「ま、まだです!」

 締め切り2日前、僕は最高に焦っていた。
 パソコンの前で画像処理のソフトを作業をする。腕がいつも同じストロークを繰り返す作業なので筋が相当に痛くなり、手にはシップを貼っている。

 そして、ふと背後から唐木戸編集長が僕に覆い被さるようにわざと背中から大胆に腕をまわし、いつものニヤけた顔で僕の耳元に吐息をかけてきた。

「修正ついでに、ここの印刷指定も頼むよツキちゃん」
「は、はい」

 大きな手が何気なく僕の肩から移動して腰の辺りを撫でてくる。
 時間がないし、椅子の上にも原稿用のCDやあちらこちらの番号が振ってあるUSBやらが箱の中に散らばってしまっている。
 仕方なく立って作業している僕の自慢のツンと上がった小尻に、唐木戸編集長の手が伸びてきていつものようにさわさわされてる。

 いつもは手で払いのけるのだけど、ずっと男性ヌードの修正を繰り返している僕には本当に時間がない。
 時間がなくて忙しいほど唐木戸編集長のセクハラは止らない。
 回りも忙しいから誰も僕に注意がいかない。みんなわかってるのだけど、忙しいのだ。

 ああ、こいつを誰か殴り飛ばして欲しい。蹴り上げて天井にめり込ませても構わない。

 上司じゃなければ、僕のお給料を決める人じゃなければ、僕の就職に関わってなければすぐにでもこの場でしばき倒してこんなブラック会社から逃げたのに。

 結局前の彼氏に吸い取るだけ吸い取られて銀行口座が限りなく0に近くなければっ。

 それに何よりも最大に不満なのは、せめて僕の目の保養になるイケメン社員がいればいいのだけれど、いるのは雑誌の中の筋肉もりもりな強面イケメンだけ。

 ああっ、水をぶっかけられて丁度いい付き具合の細マッチョな全身が艶々と濡れながら、それでも視線は睨みつけるような艶やかなイケメンがいないと、僕のマインドが枯れ果ててしまうっ。
 でも今日はそんな僕に朗報があった。どうやら今日から新しい社員が増えるらしいのだ。
 
 僕の隣で同じように必死に修正をしている同僚のおねぇな水城源次郎こと 別名 彩音(あやね)ちゃんが教えてくれた。

「ねーねー今日入ってくるバイトさん、なんとイケメンなのよー!」

 彩音ちゃんはぶっとい指に軽くタブレットペンを片手に悩ましげな表情を見せた。

「ほ、ほんと?」
「うん、今回はみんな忙しかったから私が人事に携わったのよ、久々にきたって感じ!」

 思わず僕は彩音ちゃんに食い入るように情報を聞き出していた。
 
(ああ、やっと目の保養になる男の人が入ってくるんだー。ああ、どうか僕の好みのイケメンでありますように。いや、この際贅沢は言わないっ、もうイケメンならどんな人でもいいっ。できるなら彼氏がいませんように)

「初めまして、雪咲さん」
「初めまして! イケメンさんっ!」

 彼は眩しいくらい鼻筋が通ってて男らしく、少しだけ焼けた肌に背がうんと高くて、大きな手で僕の肩をそっと包み込む。

「あ、ダメですっ」
「そうか? 俺は君みたいな人を探していたんだ」
「ああ、もしかしてこれが運命の出会い?」
「そうかもしれない。僕は何も持ってない。お金もなければ才能もない。お前に支えられる人生かもしれないでも、俺にはこの」
「そうこの」
「「イケメンがある!」」
「十分ですっ、顔さえよければ……僕があなたを支えてあげるよ」
「雪咲さん……」
「いやっ、遊月って呼んで……」
「遊月」
「あっ、ダメっ、会社だし、昼間なのにっ」
「いいだろ……」
「あっ、だめっ」

「ダメじゃないわよ、ちゃんと修正手伝ってもらうからねっ」

 いきなり目の前に源次郎もといっ、彩音ちゃんのちょいと強面にむりくり化粧をした顔が迫る。

 昨日から徹夜続きだったのかマスカラも落ちてパンダ目状態。目も落ち窪んでる。その化粧もどこか乱れ口紅が滲んでる。

 大体営業の彩音ちゃんがどうしてこんなところにいるのだろうか。

「うわっ!」

「何がうわっ! なのよ、どうせまた昼間っからしょーもないこと考えてたんでしょ? このクソ忙しいときによく妄想とかできるわよね」

「しょーもなくない、僕の人生にはとても重要なものなんだけど」

 むくれた僕におかまいなしに、うんしょと抱えた原稿の束を彩音ちゃんはデスクにどっかりと置く。
「遊月はほんと妄想癖が激しすぎるのよね、あんた自身が女の子みたいな可愛い顔してるんだからさ、顔にばっかりこだわらずにいれば引く手あまたなのにさっ」

「可愛い顔とかいうな。僕は男だぞ。てかなんだよーこの原稿の数。こんなん修正しきれないって!」
「あんた無駄にはねっかえりなのよね。あんたの大好きな男の部分の修正なんだから喜んでやりなさいよねっ」

 いつから編集に携わるようになったのか。
 いやもともと吹けば飛ぶような弱小印刷会社だ。人手は常に足らない状態で。どうやらこんなことはいつもの事らしい。
 けれど要求してくる仕事内容が半端ないせいか、最近の人は根性がないのか、みんなバイトから折角社員になってもすぐに辞めちゃうらしい。僕が彩音ちゃんにこっそり見せてもらった歴代の社員の写真を見て衝撃を受けた。

「どの子もみんな美味しそうだったのに、みんな社員になるとすーぐ辞めちゃうのよ」
「こんなブラックじゃそりゃ続かないよ。みんな小洒落て垢抜けてるような感じじゃん」
「そそ、唐木戸編集長がどこから連れてくるのかいつも不思議なのよねぇ、芸能関係だったりモデルの卵だったりしてさぁ~」
「モデルの卵なんて一番狙い目じゃないか~」
「ねっねーー!」

 だって今はどこを見回しても全くいない。イケメンな社員がごそっといなくなってる。
 確かに印刷会社っては地味だからかなぁ。ちょっとイイナと思う僕好みの男子がこうも軒並みいなくなるとは口惜しい。
 辞められない理由に実はそういうのもある。
 またイケメンさんが入社してくれないかなぁって。
 でも入社半年経っても未だにそれらしき人物が入社してこない。だからこそ今度の新人さん入社は楽しみで楽しみで僕は心の中で小躍りしてしまうのだ。

 僕と彩音ちゃんでぎゃあぎゃあ言い合ってると、背後に山のような影が迫る。
 もしかして編集長かと思い焦って振り返る。

「う、うわぁあああ!」
「きゃあああああ!」

 彩音ちゃんの無駄な黄色い声が部屋に響く。どうやら僕の焦った声とは違う感動した声のようだ。
 
 僕の目の前にはまるで山のような背の高い少しだけ猫背の男が僕らを上から見下ろす。なんて無骨な男。強面の男が僕の作業に無駄に目をぎらつかせながら覗き込んでいた。
 隣には唐木戸編集長がいてコホンと咳をした。
 
「えーこの人は今日から入ってもらうアルバイトの人だ」

 僕は思わず血の気が引く、なんで?どうして?話が違う詐欺だ!!

「どこがイケメンなのっ?!」

 僕は思わず彩音ちゃんの方を向き、小声で攻め立てた。
 彩音ちゃんは慌てて化粧直しをはじめ、グロスの紅い唇を引きなおしている。

「あらぁ、最高にイケメンじゃないの! もろあたしのタイプ」
「いや、体だけは確かに筋肉質で男らしいかもしれないけど、少 し も イケメンじゃないじゃん!」
「めっちゃ男らしいじゃないの!」

 僕はゲンナリした。結局筋肉系かよ!

「僕のタイプじゃないじゃん!」
「誰があんたのタイプだって言ったのよ?」

 ビジュアル系のイケメンを期待した自分が馬鹿だった。


「あーみんな聞いてくれ」
 編集長の唐木戸が山男の肩に手を乗せながら眼鏡の位置を直す。
「今日からバイトで入ってもらった、石渡くんだよろしく」

 周囲から助かったーという声が聞こえる。
 周りからしてみれば猫の手も借りたい状況で手足として使えるバイトが入ってくれるのはありがたいのだろう。

 僕を除いて。

「で、そう、ツキちゃん」

 僕は唐木戸編集長に呼ばれて嫌な予感がする。

「仕事もそろそろ慣れてきたところだ、この新人さんの教育係お願いね」
「ああん、ツキちゃん羨ましいっ」

 煩い、黙れこの筋肉オカマ! うぇええええ。
 
 できればのしをつけて返品して、新しいバイトを雇うために後日僕が面接官になりたい。
 社員になったばかりの男にそんな待遇があるわけもないけど。

「よろしくお願いします」
 顔と同じ想像通りの野太い声。
 
「あーうんじゃね、そこの無修正の奴ちゃっつちゃとペンタブで塗りつぶしちゃって」
「はぁ、どれをどうしたらいいのですか?」
「まずマウスで画面呼んで」

 石渡はマウスを持ち上げる。

「あー画面どの、画面どの……」

 はい?
 男はマウスを持ち上げたままこちらに無駄にぎらつく視線を向けた。

「で? この後どうするんだ?」

 うわぁああああああ! まだいたの? こういう人。この時代にっ? い、いや落ち着け。最近はみんなスマホだから、パソコンは昔ほど使われなくなったそうだし、こういうことはままあることだろうしっ。

 その時誰かの携帯が鳴った。なにか1970年代頃の渋めなジャズの音楽が流れている。
 目の前の石渡が胸ポケットから見たことない携帯を取り出して折りたたみ式のそれを広げた。

「はい。石渡ですが、ああ、すいませんが今仕事中で……」

(うわぁあああ! それ、噂のガ、ガラケー?! もう化石化してる奴、雑誌の写真でしか見たことないよ、使ってる人初めて見たっ!)

 ありえない、ありえない。
 僕は身を震わせて固まったまま自分のパソコンに向かった。
 僕のジャストミートどころかそれから限りなく一番最長に離れている彼は、結局パソコンを使う事もできずに、仕方ないので主に電話当番をしてもらうことになった。てか誰が雇ったんだよこいつ!
 
 仕事は午後11時を回り、僕は遅めの夕飯をする。コンビニで買ってきたオムライス弁当を広げジャスミンティーのキャップを開ける。

「彼かっこいいでしょ?」

 隣で大盛りやきそばを半分くらいごっそりとすくい、かぶりつく彩音ちゃんに僕は睨みを利かせた。

「彩音ちゃん趣味悪い。あの昭和男のどこがいいわけ?」
「ええ、渋くない? バイトなのにもう勤続30年くらいのベテラン編集者っぽい貫禄」
「どこがだよ?! しかも、ガラケーだったよ」
「電話を持つ手とか電話しなれてるわよあれ」
「おっさんだからだろ? 大体おっさんでバイトってところで既にダメじゃん」
「んもう、相変わらずツキちゃんはー。自分の合格範囲内にない男に対してはダメ出しキッツいわよね~」
「当たり前だよ、あんな奴抱きたいとか思わないだろ?」
「……んっああ、そっか。可愛い顔してたから忘れてたけど、あんたタチだったわね」
「……そうだよ」

 そうだ。僕はこう見えても男を抱くほう。タチなんだ。あんな任侠みたいなどこかの事務所に鉄砲玉になって突撃しちゃう風な男に食指が動くわけもない。
 可愛い可愛いイケメンくんが好物なんだ!

「でもさ?あんたの言うことも少しあるのかしら」
「ん?」
「実は今回は私が私のセレクトなイケメン男子だったんだけど、唐木戸社長もなんだかお気に召さないみたいで」
「えっ、彩音ちゃんセレクトって彩音ちゃんが人事やったの? マジで?」
「うん、みんな忙しそうだったからさぁ?」

 唐木戸社長もう二度と彩音ちゃんを人事に採用しないだろうな。
 
 
 
 
 翌日。
 
「あのさ……」
「はい」
「そんなにじっと見られても困るんだけど」

 席が僕の右隣になった石渡は指示待ちのように電話と僕とを交互に見つめている。
「すいません、もし仕事の指示があればやろうと思いまして」

 パソコン使えねぇのになんの仕事するんだよ、こいつは?!
 
 それにしてもなんで顔中傷だらけなのこいつ? 前どんな仕事してたんだろう。
 やっぱりその、あっち系の人なのかな?
 でも組とかに入ると簡単に組織から抜け出せないもんだってどこかの任侠のテレビドラマで見たことがある。
 あの時は主役の男が堅物イケメンだったから録画して見てたんだけどさ。
 
 無駄にでかい体。無骨な手。顔は男らしいかもしれないけど、髪型が短髪すぎてちょっと僕の趣味じゃない。
 あーあ、こいつが超絶イケメンだったら絶対口説いたのに。イケメンっていっても可愛い感じでもOKだったのにな。
 可愛いという言葉からは最大にかけ離れた顔をしている。要するに抱きたいと思えない。
 
「ツキちゃーん、今日もいいお尻してるねぇ。雑誌に出たらいいのに」
「お断りしますっ」

 セクハラ唐木戸め、ほんとにむかつく!
 最近こんな陰でのお仕事じゃなくてゲイ雑誌に載ったらいいのになんて妙なスカウトしてくる。
 最初は冗談だと思ってたのにどうやら知り合いに雑誌のカメラマンがいて、僕の写真を見せたら乗り気らしい。
 冗談じゃないよ。

「ねーぇ ツキちゃん石渡くん知らない?」
「え?」

 ふと隣を見ると石渡がいない。
 
 あいつ体でかいくせに時折姿をふっと消してる。何さぼってんだ。
 
 ちょっと僕は虫の居所が悪くて、僕は石渡を探しに廊下を出た。廊下は狭くて所狭しと雑誌のバックナンバーやらコピー機やらが固まってる。
 それを抜け、その先にある屋上への階段の扉を開けた。
 なにやら話し声が聞こえる。
 僕はなるべく音をたてずにそのままそろりと階段を上がる。
 うちのビルは6階建てでこの先はもう屋上しかない。
 微かにタバコの匂いがした。
 あいつ……なにさぼってんだ!
 俺は文句を言おうと階段を上がろうと一歩踏み出した。
 
「……ええ。社員たちにもう少し馴染めたら開始します」

 思いのほか石渡の声が低く真面目な口調なのが気になる。
 社員に馴染んだら何をするって……?

 俺は何となくこの先石渡に近づくべきかどうか悩んだ。
 少しすっとぼけた何も知らない風な奴の周りの空気が変わった気がしたからだ。

 俺はそのままそろりと後ずさり、何事もなかったかのようにデスクへ座って作業の続きをしていた。
 しばらくして石渡が帰って来る。

「おい、お前、なにサボってんだ」

「いや、することがないからちょっと休憩を」
「それはお前がパソコン使えないから暇になってるだけだろ! 僕ら忙しいんだぞ」
「……すまない」

 石渡は羽織っていたコートを脱ぐと脇にある壁に掛けた。
 
 すれ違いざまふと耳元で囁かれる。

「遊月さん、少しイライラしてませんか? イライラは肌に良くないといいますし、ほらそこにニキビできてる」
「えっ、なにっどこっ?!」
「冗談だ」

 はいっ?!
 

 
「雪咲くん、出来上がったデータを会議室Bに持ってきてくれ」
 唐木戸編集長に言われて僕はやっと午後も五時を回ったくらいの時間にUSBにまとめたデータを最終チェックをしてもらいに編集長のところへ持っていった。
 
 締め切り近いので流石の唐木戸編集長も真面目にデーターの最終チェックをしている。
 
「よし、なんとか間に合いそうだな」

 僕はほっとした。

「よかった」

 そういうのもつかの間そっと唐木戸編集長の手が僕の上に覆いかぶさってくる。

「……例の件どうかなぁ」
「またその話ですか、それなら以前にもお断りしたはずですけど」
「でもねぇ君は本当に可愛いんだよ、君くらいの可愛い人材ならきっと喜ぶ読者もいるはずだし」
「やめてください。僕は眺めるのは好きですけど見世物になるのは苦手なんです」
「そう? 残念だなぁ……それじゃせめてさ、この間のほら、君がやりたかった本の企画。それを会議に出してもいいかなって思ってるんだけど」
「本当ですか?」

 入社して前の会社の時に出そうと企画していた本の話をまさかここで話題に上げてくれるとは思わなかった。
 僕にもそれなりの目標があった。ただ印刷会社に入りたくて入ったわけじゃない。
 いつか自分が編集した写真集なり綺麗な丁重の本を作りたかった。

 (あんまり複雑にしなくていい。とにかく綺麗な物に憧れているのだから。うーんドバイとか? ミステリィに関するものとかイケメンが好きだから洋画が好きとか?)

「やっぱりさ、いい仕事をするためには君の希望をもっと聞くのって大事だと思わない?」
「はぁ……」
「そういうわけで今日の夜予約しておいたから、差しで飲みに行こう」
 僕はデスクに戻るとため息が漏れた。

「どうしたの?」

 作業を終えてデスクのまわりを整えていた彩音ちゃんが僕の顔を覗きこむ。

「ううん。なんでもない」
「あー、石渡ちゃんありがとう。片付けもういいわよーありがとう」
「ああ」

 丁度石渡がクリナーを片手に本を並べていた。
 石渡が持つとコードレスクリーナーもより小さく見える。

「週末ねぇ……ねぇ修羅場が終わった事だし、折角だから三人で飲みに行かないー?」
「あー僕、今日はダメなんだ。うん」

 確かにセクハラ編集長ではあるけど一応編集長なんだし、うん。本の話(遊月の希望している本)は真剣に聞いてくれるかも。
 自分の企画をまともに取り扱ってくれるのも初めてだし。いつかどこかで認めてもらえるんじゃないかってずっと色々な案をいつも考えていたからな……。

 その夜僕は編集長に誘われるままに彼の(高級そうな車)に乗り込むと高級ホテルの最上階のバーに連れて行かれた。
 最初ホテルという文字を見てギョッとしたけど、唐木戸編集長は国際ホテルだということを殊更に主張した。
 まぁそのカップルが行くような派手なネオンのホテルとは確かに高級さと品があるにはあるけど。
 エントランスからロビーにつくと海外の旅行客なんかもいて僕はその雰囲気に少し安心した。

「君の瞳に乾杯!」
 使い古された昭和のトレンドドラマみたいなセリフを吐く編集長に俺は思わず含んでいたワインを吹きそうになった。
 
「君の提案していた空の写真の企画ね、いい感じだからそろそろ実現に近づけたいと思うんだが」
「ほ、ほんとですか?!」
「うん、でもそれにはね? 例の話をさ……」
 彼の言葉に僕の顔は一瞬強張る。
 例の話というのは僕がモデルになってイケメンの写真集に載るという話なのだが、如何せんほぼ裸というか……。


「僕は自分の企画を見てもらいたいんです、僕自身が目立つことはあんまりしたくないというか……」
  だって僕は僕自身はなんだか子供っぽい顔してるし、そういうイケメン雑誌に載るにはちょっと違うと思うし、背も低いし。
「いや、そんな難しい事じゃないって以前も言ったよね? なんてことないゲイ専用の雑誌の街で見かけた可愛い子特集みたいなものだよ」
そう言うとごつい指輪を付けた手で髪の毛をかきあげる仕草をした。
「……それを受ければ、そのっ……」
「もちろん話を進めてもいいよ」