ハッピーライフ2 彼と彼女と彼の事情 |
その日は昼間から雨が降っていて寒い日でした。 僕はスタジオでもらった夜食のお弁当を食べながら、実家から送られて来ていた焙じ茶を湯飲みに注いですすり、それなりに暖かな時間を過ごしていました。 ふいに誰かがドアを叩いたのは、食べているお弁当が半分位の時でした。 「はぁい」 僕は一度ドアの穴から外を見ました。 もしかしたら、招かねざる客、例えばクマさんとかかもしれません。油断は禁物です。 「あれ……」 けれどドアの先にいる人はこんな遅くに来るような人ではなかったのです。 僕がドアを開けると、そこには雨で少し濡れた彰人くんが短い髪の男の子をおぶっていました。 「彰人くん……こんな夜中に、どうしたの?」 僕が驚いて彼に話し掛けると、彼は少し俯き加減で黙り込んだままそこに立っていました。 そして彼の傍に寄り添うように、頭を二つに結わいた中学生くらいの女の子が大き目の上着を着て立っているのにもすぐに気づきました。 3人ともしばらく黙っていて、僕も突然の事に言葉を失っていました。 「守さん、すまねぇ……凄く迷惑なのはわかってる……今夜一晩でいいから置いてくれねぇか?」 「あ……ええ、どうぞ! 構いませんよ」 雨はしとしとと降り、外は思ったよりも寒いです。家の中でも底冷えしていたので、なんとなくわかってはいたのですが……。 「汚くて寒いところですけど、どうぞ!」 「本当にすまねぇ……他に行けるところがなくて……」 俯く彰人くん達に僕は笑顔で応えます。 「いいから入って! 寒いでしょ、今、お茶入れるから……」 僕が彼らを中へ入るように勧めると、彰人くんは女の子の方に目を合わせました。 「もも、上がらせてもらいな」 「……」 女の子が先に入ると、彰人くんは男の子をおぶったまま部屋に入りました。 彰人くんが男の子を降ろすと、彼は片っぽしか靴を履いてないらしく、玄関には一つしか靴がありませんでした。 彰人くんはその子の靴下を脱がせて、靴の上におきます。靴下はかなり汚れていました。 男の子はまだ小学生のようです。女の子はスカートが制服に見えたのと、どことなくまだ幼い顔つきから中学生だと思います。 「ああ、すまない、紹介する。こっちは妹の桃子、こっちが弟の健太」 彰人くんは二人を紹介した後、今度は妹さん達に僕を紹介してくれました。 「この人は仕事先の仲間の春原守さん、やさしい人だから安心しろ」 僕は彼らに軽くお辞儀しました。桃子と紹介された子はそれに合わせてお辞儀します。 「まぁ、とにかく立ってるのもなんだし、座って!」 僕は慌てて座布団の埃を払うと、桃子ちゃんと健太くんはそれを分け合うように座りました。 男の子が僕の食べかけのお弁当をなんとなく見つめていました。 「……お腹減ってるの?」 僕がそう尋ねると彼はこくんと頷きました。 健太くんは膝を出していて、その膝が小刻みに震えていました。 僕はすぐに自分のカーディガンを出して彼の膝に掛けます。 桃子ちゃんの膝にも上着を掛けると、彼女は小さく「ありがとう……」と口にしました。 「守さんありがとな」 彰人くんにも何かないかと探してもう一枚の上着を肩に掛けました。 「寒いところでごめんね」 「あ、守さん、お湯用意できるよな? 俺ちょっとコンビニに行ってご飯買ってくるよ」 「あ、はい」 「守さんも何か食べる?」 「いいえ、僕はお弁当があるから大丈夫です」 「そっか……」 「それと……申し訳ないんだけど、桃子になにかシャツとか暖かいもの貸してもらえないかな?」 「? いいですよ……」 う〜ん……女の子が着れるようなものあったかなぁ〜。 僕は少ない衣服から、つい最近田舎から送られてきた比較的綺麗なシャツを出して、彼女に渡しました。 「こんなのしかないんだけど……」 彼女は大丈夫とでもいいたげに、頷きます。その時、ふと僕は彼女の目が少し赤くなっているのに気づきました。 「あの……おトイレお借りしてもいいですか?」 「え、あ……着替え……あ……」 僕の家は入り口のドアと向かいに共同のトイレに行くための廊下が続いています。 二つドアがあるので、吹き抜けると寒いのです。だから廊下がわのドアの前には適当に布で作ったカーテンのようなものを掛けてあります。 「あ〜っと……そ、そうだ、僕も彰人くんと買い物に行くから、その間に着替えていいよ、ね? おトイレじゃここより寒いから……」 僕がそう言うと、桃子ちゃんは少しほっとしたような顔になりました。 彰人くんが外に出ようとすると桃子ちゃんは彰人くんの傍に寄り、何か買ってきて欲しいものでもあるのでしょうか、耳元で頼んでいました。 「……わかった」 僕と彰人くんは中から鍵を掛けるようにと言ってそのまま外に出ます。 彰人くんはとても無口で、僕はこれと言って声を掛ける事ができませんでした。 そして僕らは家から数分先のコンビニに行きました。 コンビニで彰人くんは適当にカップラーメンとカイロとかを買っていました。 「明日の朝ご飯奢るから、守さん、なにか食べたいもの籠に入れてくれよ」 「え、でもっ……」 「いいから……」 ふと彼が女性用の下着を買っているのを見て、僕は複雑でした。 何があったのか、興味があるのは事実です。 でも恐くてそれを聞けません。それに、もし、もしもそれを知ったら悲しくなりそうで僕は何も言えませんでした。 家に戻ると、桃子ちゃんはもう着替え終わっていて、健太くんが彼女に寄り添うように座っていました。こんな時にテーブルがおこたつだったらどんなによかったかと僕は胸が痛くなりました。 すぐに僕はお湯を沸かして、お茶の用意をしました。それぞれカップ麺にお湯を注いで、そのまま少し待ってから、みんなは黙ってそれを食べていました。 夜……。布団はひとつしかありません。布団を横にして、僕の持ってる服と座布団とでなんとか寝床を作り、みんなが寄り添うようにして寝ました。 1番端に桃子ちゃん、健太くん、彰人くんとその隣に僕が寝ました。 しばらくして桃子ちゃんと健太くんは寝息を立て始めます。 僕はなんだか眠れなくて、ぼんやりと起きていました。 「……守さん、まだ起きてるか?」 「あ、ええ……」 「布団から足とかはみ出てて寒くないか?」 「……大丈夫です」 「すまねぇな、寒い思いをさせて……」 「いえ……」 「……。……何も……聞かねぇんだな」 「……」 僕らはしばらく黙っていました。 正直事情は気になります。でも……。 「僕が聞いても仕方ない事かもしれないなって……」 「そっか……」 「ただ、彰人くんが頼ってくれた事は、力になりたいなとは思いますよ」 「……ん、ありがと……」 彼は僕の背中でタメイキをつくと、そのまま僕の背中に頭をつけました。 僕は彼が何も言わずにただため息のような声を漏らしていたので、気になってそちらを向こうと思いました。 「頼む、こっち向かないでくれ……」 「……」 わからないけど、すすり泣きのような声が聞こえて、僕は体が硬直してしまいました。 僕はこっちを向くなと言われたんですが、どうにも我慢できずに彰人くんの方を向いてしまいました。 「……!」 そしてそのまま彼の顔は見ずにそっと彼の頭を抱き寄せました。 「……ごめん、守……さん」 「ううん、悲しい時に我慢したら体によくないから……」 「うん」 彼は妹や弟の前では泣けなかったんだと思います。 きっと家庭に何かあったんだろうと、そしてなんらかの理由で家にいたたまれなくなって兄弟3人路頭に迷ったんだと思います。 彰人くんはぎゅっと僕の服に捕まり、そのまま胸に顔を埋めてくれました。 気持ちが開放されたのでしょう、それでも声をなるべく立てずに彼は泣いていました。 しとしとと雨の音が聞こえて、彼の温もりだけが伝わってきました。 僕はこれと言った言葉も見つからず、ただ、彼が泣き止むまで静かに目を閉じていました。 しばらくして落ち着いた彰人くんが、そっと僕に話し掛けました。 「守さん……」 「うん?」 「もう、大丈夫……ありがと」 「うん……」 僕らは静かな雨の音を聞いていました。 「守さん……俺、前から聞きたかったことがあるんだけど」 「なんですか?」 「その……。男同士ってのはどんな感じなんだ?」 「えっ?!」 「そのっ、さ、守さんは隆二さんと……」 僕は彼に突然そんな事を聞かれて、隆二さんを思い出してしまい、思わず顔を赤らめてしまいました。 「あ、ああっ、あのっ……そのっ……」 僕が戸惑うと、彼はいたずらっ子みたいに笑いました。 「突然過ぎたかな。ごめん、無理に言わないでもいいよ」 「……」 「なぁ、守さん」 「はい」 「……俺さ。もしかしたら、好きな奴がいるかもしれない」 「えっ!」 「でもそいつはずっと友達みたいに過ごしてきたし、親友みたいな奴だし、しかも奴には好きな男がいるし……。俺の事は女好きだと思ってるから……」 「……そうなんですか」 「いや、この気持ちは……気のせいなのかもしれない、本当は違うのかもしれない……。 だから、このまま友達でいた方が幸せなのかもとも思う……なぁ……どうしたらいいと思う?」 「……」 僕はしばらく考えてからゆっくり答えました。 「無理に、今答えを出そうとしないでもいいんじゃないかな……」 「……」 「自分の気持ちを無理にまとめようとか、答えを出そうとかしても、苦しいだけだと思うよ。まだ迷っているなら、考えずに感じるままに行動して行くしかないのかも……」 「そっか……」 「あまり答えになってないね……」 「いいや……いいんだ……ありがと」 彼がまた僕にぎゅっと捕まると、また暖かな温もりを感じました。こうして寝た方が暖かくて互いにいいのかも……。 「やっぱり守さんに話してよかった……」 「……」 そうしているうちに彼は静かな寝息を立て始めました。 家庭の事以外でも、彼は色々悩みがあるみたいですね。 でも僕を頼ってくれた事は正直嬉しいです。 相手がどんな人かはわかりませんが、頑張って欲しいなと思いました。 数日後、スタジオの控え室に彰人くんが現れました。 「守さん、これ梨なんだけど食べるか?」 「はい! いただきます!」 あれから彰人くんは監督に相談して、今なんと瑠璃さんのところにお世話になっているそうです。彰人くん自身瑠璃さんには借りを作りたくないらしいのですが、瑠璃さんは他の事と違うだろって結構怒ったそうですよ。 後から彰人くんが理由を話してくれました。大まかにしか語れないとの事だったのですが、お母さんが複雑な方だそうで、桃子ちゃんが知らない男の人に暴力を奮われそうになったそうです。 その暴力というのも僕はあえてどんなものかは聞きませんでした。 お母さんは知らない男の人を家に連れ込んで、桃子ちゃんにある事を強制したそうです。 児童相談所にも相談したりして、兄弟2人位なら彰人くんがなんとか面倒を見るということで、今後、親子の縁を切るとか切らないとかで揉めるみたいです。 どちらにしても裁判で決めるらしいのですが、それも間違いなく彰人くんたちの言い分のほうが通る確立が高いそうです。 というわけで今、彰人くん達は、瑠璃さんの家にお世話になっているのです。 「あの時は突然押しかけてごめんな」 「いいえ〜」 僕が笑顔で応えると、彰人くんは急にもじもじしはじめました。 「あ〜ええと、っそのっ、あの晩の事なんだけどさ……」 「え、あの晩……」 「ん〜そのっ……あれは、二人だけの秘密にしておいてくれよな!」 そう言われて、僕はなんのことだろうと少し考えましたが、すぐにあの相談の事だと言う事に気づきました。 「あ、はい! もちろん……」 僕の言葉にホッとした彰人くんは照れくさそうに笑いました。 「なんだか守さんって暖かくてやさしくてさ〜、俺正直あの時、少しだけやば〜い気持ちになってたりしてたんだよな!」 「えっ?!」 「な〜んてな! 冗談だよ、じょ〜!」 「……何が『少しだけやばい気持ち』なんだ?」 彰人くんがにやけていると、先ほどから僕の楽屋の敷居の奥でくつろいでいた隆二さんがいきなり顔を出して、彰人くんはぎょっとしました。 「うわっ!! なんで隆二さんがここにいるんだよ!! あ、いやっ!! いても別にっそのっ!!」 隆二さんが段々恐い顔つきになってきたので、僕も慌てました。 「あ〜いえっ、なんでもないんですよ、ね、彰人くんっ」 「んっ! なんでもないっ! じ、じゃまたな守さん」 そう言うと彼は慌てて控え室から出て行きました。 あ〜まずいっ。隆二さんの目が据わってる。絶対誤解してるっ。 「隆二さん、誤解してます、彰人くんは冗談で言ったんですよぉ〜〜」 「守、何があったのか後でじ〜〜っくり話を聞かせてもらおうか……」 「あ、あははは」 その晩、僕は隆二さんちのベッドの上で酷い目にあいました〜。 どんな風に酷い目にあったのかは、みなさんのご想像にお任せします。 あうう。 おしまいv |
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