リラックス


 こんにちは、瑠璃だよ! え、びっくりした?
 たまには俺の話もいいよね?
 ここだけの話、瑠璃の役をもらって嬉しくてしょうがない反面、本当は凄く緊張して自分にできるかどうかとドキドキしたんだよ。
 もちろん今でもそう。
 俺の役における色々な展開はもう裏帰還で存分に? 披露されていると思うからあえて何も言わないね。
 俺ってどうも人からしっかりしてるとか君なら大丈夫とか言われて、あ、小学校の時は学級委員長とか中学で生徒会役員とかそういう奴にしょっちゅう推薦された。
 どうもしっかりものに見られちゃうんだよね。

 本当はそうじゃないのにな……。
 でも頼まれると嫌って言えないんだ。だから……。
 だから守みたいな人に会って彼が羨ましいと思ったんだ。
 守って役よりもずっと誰かがフォローしてあげたくなるようなそんな人なんだよ。
 でもお荷物とか困るとかそうじゃなくて、みんな精神的に助けられているところがあるからこそ逆に支えてあげたくなる、そんな感じなんだけどね。
 凄いのが彼の醸し出す雰囲気が、みんなをどれだけ助けてるかって事。それが本人が気づきもしてないんだよねー。
 まさに天然だね。

 例えば本番中俺が緊張してテイク4まで行くとスタッフにも重苦しい空気が流れたりする。
 俺がはまっちゃった! と自覚するとなおさら最悪……。
 でもそんな時に限って「くしょん!」とかって絶妙なタイミングでくしゃみして笑わせてくれるの。

 守からもらった犬ムーンを最近は一緒にお風呂に入れたりして遊んでる。
 ムーンは守に似たのか呑気な犬で、寄り添っても嫌がらない、好きに遊ばせてくれる! 外でロケがあるとムーンがいるだけで助かる。本当は傍にいる守に温めてもらうとムーンの毛が衣装につかないから助かるんだけど、まさか守に温めてもらうわけにいかないからなぁ〜。
 隆二さんが恐いし……。
 
 でも彼は俺が寒がっていると「寒いですか〜?」とか言って自分の上着をさりげなく差し出したりする。
 それで俺がテイクしてくしゃみだもんなぁ〜面白いでしょ? 自分が寒い事より人が寒がると心配するタイプ……。

 で、その日の撮影時にちょっとした事があった。撮影の時に監督の要求と俺の演技が合わなくてキレて揉めちゃったんだ。
 アキトとのシーンだったんだけど、アキトも気にするなって言ってくれた。でも、俺は天才じゃないし、なんでもできて当たり前だと思われるのが辛い。休み時間にロケ地に仮設された楽屋で一人ぐったりしていると、ドアをノックする音が聞こえた……。
「どなた?」ってふてくされて返事をすると。「僕です〜!」と気の抜けるような声が聞こえる。

 ……守?

 ドアが開くと守が側近服を着たまま後ろ向きでお盆にお茶入れて入ってきた。
 俺はあんまり疲れている顔を見せるとなんなので、くるりとこちらを向いた守に少しだけ微笑んだんだ。
「守、お茶くれるの?」
「はい!」
 お盆の上にはお茶と2つとお饅頭があって、どうやら俺とここで飲むつもりみたい。
「瑠璃さん甘いものは疲れが取れるそうですよ〜! 僕も疲れました、ロケは嫌ですよね〜!」
「守、寒くなかった?」
「大丈夫でしたよ!」
「嘘ばっかり、くしゃみしてたじゃん」
「そうでしたっけ?」
「……瑠璃さん、あの……」
「ん?」
「その、僕が偉そうに言える事じゃないと思うんですけど」
「ん、説教? 監督に頼まれたの?」
「いえっ! そっ、そうじゃないです、僕が勝手に来ただけです」
「俺が我侭な事はわかってるよ! みんな監督の要求どおりよくこなしてると思う! でも、でもね出来る事と出来ない事があるんだよ! いくら相手が守でも、俺、説教なんて聞きたくないからね!」
「あのっ……」
「やだ!」
「はい……」
 
 しばらく俺たちは黙っていた。
 こうやってはっきり物言っちゃうから、誰も言い返せなくて、挙句の果てに気が強いとかしっかりしてるとか言われちゃうんだ。
 でも俺ができて当たり前って言われて傷ついてるんだ! 当たり前なんかじゃない! 俺だって苦労してるのに。

 俺は折角守が入れてくれたお茶に手を出さずに拗ねていた。
「お饅頭、食べませんか?」
「一人で食べれば?」
「……」
 守は静かな状況をもてあましたのかお茶を啜り、お饅頭にそっと手を出した。

 俺は黙ったまま傍においてある雑誌に目を通していた。本当はあんまり記事が頭に入ってなかったんだけど……。

「あのっ、瑠璃さんはしっかりしているようで本当は努力家だと思います」

 凄く守はさりげなく言ったんだと思う。でも低く響くような声でやさしく言われた。
 人から努力家なんてあまり言われた事がなくて。俺は慌てて顔を上げた。

「今までだってとても努力してきたと思うし、僕だけじゃなくてみんなわかってると思います。そのっ、だから監督の言葉に、瑠璃さんがあまり傷ついて欲しくなくて……」
「……」
 守は真剣な顔で言ってくれた。
 
 この人俺のことわかってくれてる?
 今俺が一番人から言われたかった事をすんなりと言われて、俺は胸のつかえが取れたように目がうるうるしちゃった。そしてやっぱり自分はまだまだだなぁと思ったんだ。

 でもしばらくしてその嬉しさが笑いに変わった。俺は我慢ができなくなって思わずふき出してしまった。
「あ、え?」
 守は自分が何かおかしな事言ってしまっただろうかとオロオロしてたんだけどそうじゃない、そうじゃないんだ。
「守っ、は、鼻の頭にあんこが!」
「あ、れれ……」
 俺は可笑しくて可笑しくて笑ってしまった。
 だって守ってばかっこ悪い! かっこ悪いけど、言ってくれた事が嬉しくて嬉しくて俺は笑いながら少し涙が出てしまった。
「ありがとう! 守、これからもよろしくね」
 俺はそう言うとそっとその鼻の頭にキスをした。
「えっ、あ!」
 守は途端に真っ赤になったけど、今のは本当にお礼のキスだよ。

「俺、もう一度監督と話し合ってくる!」
 そう言って笑顔に戻って部屋を出た。守はほっ、とした顔をして俺の笑顔を笑顔で返してお茶を口にした。


おしまいv