小さなクリスマス



 クリスマス、クリスマス、ああ、クリスマス、クリスマス。♪

 僕と隆二さんが決して高級とは言えない、中流? いや、下手したら中流の下?位のアパートでの生活がはじまり始めてのクリスマスです。
 いや、あくまでも僕が家を見つけるまでですよ、隆二さんにおんぶにだっこはいけませんからね!
 そう思いつつ……季節はクリスマスを迎えていました。

 隆二さんは新しい事務所に入ってからぼちぼちと仕事の依頼がきはじめ、今日は仕事で外出中です。
 僕はバイトをお休みさせてもらって、クリスマスの用意をしているところです。
 クリスマスに必要なチキンや飾り付けなどを午前中買ってきて、午後は飾り付けや準備に追われていました。
 100円ショップで買ってきた飾りや折り紙などで部屋の飾りつけは楽しいですねぇ〜。
「なんかちょっとやりすぎたかなぁ……」
 部屋にはキラキラしたモールと折り紙で作った輪っかをつなげたもの、折り紙で切り抜いたサンタやトナカイなどを窓に貼り付けました。
 ケーキはスポンジだけ買って来て、後は缶詰やホイップクリームで飾り付けしました!


 僕が熱心に飾り付けをしているとふとどこからか電話の音が聞こえます。
「あれ?」
 その音は家の電話ではなく、僕は電話の音先を探しました。
 その音は部屋に掛けてあったコート掛けの隆二さんのコートのポケットからでした……。
 僕は慌ててそれを手にとると、どうしたらいいのか困りました。

 出たほうがいいのかな。
 もしかして隆二さんからかな?
 携帯を開けて見ると、そこには冬条昴の文字が……!
 少し複雑な気持ちの僕でしたが、思わず出てしまいました。

「……隆」
「……」
「数日前にチケットを送ったのだが、メールの返事をまだ聞いていない。とりあえず今日の夜7時にいつものところで待っているから……」
「……!!」

 えっ……えっ……、どどど、どうしよう……!!
 僕がオロオロしているうちに電話先の昴さんがそう告げると、切れてしまいました。

 ううっ……。
 どうしよう……困ったな……。




 隆二さんに連絡しようにも、隆二さんの携帯はここにあるし……。
 そ、それにクリスマスに昴さんからそんな誘いを受けてた事も知らずに、僕は軽くショックを受けていました。


 そうこうしているうちに夕方になり、隆二さんが家に帰ってきました。

「ただいま……」
 コートを脱ぎながら隆二さんは部屋に帰って来たのですが、部屋を見渡すと、そのままドアを閉めてしまいました。
「隆二さん、おか!……あれ?」
 僕が慌ててドアを開けると、隆二さんは頭を抱えています。

「どうしたんですか?」
「……あのな……どうしたんですか? もないだろ? なんだあれは?」
 部屋のほうを指差す隆二さんに僕はキョトンとしました。

「なんだっ……て……クリスマスパーティ用にセットしたんですが……」
「お前な……」
 そういいながら隆二さんは部屋にしぶしぶ入ります。

「俺は金を渡したよな?」
「はい」
「それでそれなりでいいから準備してくれればいいと言ったよな」
「はい!」
「どこがそれなりだ……?!」

 部屋を見渡すとモールや僕が作った可愛いサンタさんやトナカイさんの切り抜きが窓にはりつき、壁には雪だるまやツリーの切抜きが飾ってあります。
 なかなかラブリーで力作です。
 小さな可愛いツリーもテーブルに乗っています。
 机の上にはスポンジの上に飾り付けしたケーキやらジュースやら、パスタも色々のっています。

「何かいけなかったでしょうか?」

 隆二さんはテーブルの上に乗った可愛いサンタのイラストの入ったコースターと紙コップを見つめ、お揃いの模様のジュースのビンを手に取りました。
 テーブルの中央の小さなツリーもなかなか可愛くて僕は全部お揃いで揃えたんですが……。

「……幼稚園のクリスマス会でも始めるつもりか?」
「えっ、幼稚園?」
 じろっと睨む隆二さんに僕は照れ笑いしました。
「い、いやっ、可愛いかなぁって……つい全部揃えちゃったんです……それに安かったんですよ! ほらこんなにお釣りもあります!!」

 僕はおつりの額の多さにちょっと胸をはっちゃいました! 凄い金額です!

「あのな、それっぽっちの金くらい、全部使っていいって言っただろ!」
「そんな、節約したんですよ〜! ほらこの先お正月とか色々あるじゃないですか〜!」
「お子様クリスマス会じゃないんだぞ!! ムードも何もないじゃないか!」
「ムードなんてそれなりにどうにかなりますよ!! 今は節約の時代ですよ!!」
「節約するなら普通の白い紙コップでいいだろ、そういうのが大人のそれなりのクリスマスって言うもんだ!」
「白い紙コップなんてそれこそ色気もなにもないじゃないですか!!」
「ファンシーなお子様グッズで固められるよりマシだ!!」
「う〜〜!」
「それになんだこのケーキは? どこの店で買ったんだ?」
「それは僕が作ったんです、スポンジだけ買って飾り付けしたんですよ〜!」
「……」
「上の果物は缶詰だし、ホイップも泡立てました! スポンジだけなら安いから、いいアイデアでしょう〜! 可愛いし」
 隆二さんは黙ったまま背中を向けると一言ぽつりと……
「せこい……」
 と言いました。
「何がせこいんですか〜! これでも僕の中ではとっても奮発したのに〜〜!」

「どこが奮発だ!! は〜……お前にムード作りをさせようとした僕が馬鹿だった……これなら店でも予約したほうがマシだった」
「酷いですよ〜!! 一生懸命作ったのに!!」

 隆二さんは黙ったまま、コートを着ると、再び出て行こうとしました。
「隆二さん?! どこに行くんですか?! 隆二さん!!」
 僕が呼び止めても黙って隆二さんは出て行ってしまいました。

 がーーーん……。
 隆二さん……。

 僕は部屋でしょんぼりしてしまいました。
 一生懸命作ったのに……。
 可愛いと思ったのに……。

 ううっ……。隆二さん……。

 はっ、僕は咄嗟にさっきの電話を思い出しました。
 隆二さん、昴さんのところに行っちゃったんだ……!


 なんだよ、隆二さんの馬鹿……。
 ううっ、酷い……。

 そりゃ隆二さんの予想してたのとちょっとだけ違って可愛い演出がダメだったかもしれないし、こんな雪だるまとサンタが楽しそうに走ってる飾り付けとか確かに幼稚園の子なら大喜びかと思いましたし、ちょっと幼いかなって気はしましたけど……。

 昴さんの言ってたチケットと言うのはなんなんだろう……。
 隆二さんは僕とのお子様クリスマス会よりも昴さんとの大人なクリスマスを選んだんですか?

 じゃなんで一緒に住むなんて言い出したんだよ……馬鹿、アホ……。

 もう知らない……。

 僕はいじけて布団をおもむろに敷くと、テーブルの上のご馳走もそのままに布団に潜ってふて寝しました。

 酷いよ〜ううっ、これから節約沢山して隆二さんに早く借金も返そうと思ってるのに、贅沢なんてしたいと思わないよ……。

 ああ、そうか……隆二さんは贅沢していいんだ……隆二さんのお金だもんなぁ……。
 でも僕は贅沢できないよ……これから隆二さんにお金どんどん返して行かなきゃって思ってるのに……。

 ううっ、隆二さん昴さんのところ行っちゃった!
 こんななら、隆二さんの言うとおりうんと贅沢にするんだった。
 ケーキもせこせこしなきゃよかった……。

 ううっ……。

 僕は半分泣きそうになってしまいました。
 すると玄関の方からかちゃっと音がして誰かが入ってきます。

「……何やってるんだ守?」
 布団からちらりと部屋を覗き見ると隆二さんの顔が出てきて不思議そうに僕の顔を見下ろしていました。
「隆二……さんっ!」
 僕は咄嗟に飛び起きると隆二さんに抱きつきました。
「ごめんなさい、つい、僕のお金みたいな扱いを隆二さんのお金でしちゃいました。僕は貧乏でも隆二さんはお金持ちなのに……!
 これからは隆二さんのケーキは立派なのにして僕は缶詰だけでいいです!! 飾りつけも僕は100均で、隆二さんの分はデパートに行ってゴージャスな飾りを買ってきて飾ります!!」
 泣きながらそう言うと隆二さんは困ったような顔をしました。
「……別にそういう意味じゃないんだけど……」
「どこに行ってたんですか?」
 僕が尋ねると隆二さんはコンビニの包みを掲げました。
「まぁ、よくよく考えたら、僕も昔ほど贅沢できる身分でもない。お前の言う事も少しはもっともだとは思ってる。でもさ……せめてこれくらいはいいだろ?」
 隆二さんは軽くウィンクすると、手にもっていたコンビニの包みを開けて中からシャンパンを出しました。


「あ、あのっ、隆二さん?」
「ん?」
「さっきそのっ、昴さんから、隆二さんの携帯に電話がかかってきて」
 僕がそう言うと隆二さんの動きが止まりました。
「そのっ、ごめんなさいっ! 僕出る気はなかったんですが、慌ててて」
「……で?」
「あのっ、チケットがどうのこうのとか、き、今日の夜7時にいつもの……」
 僕が言い終わるか終わらないかの前に隆二さんはその先の言葉をさえぎりました。
「その事なら話は終わってるよ、気にしないでいい……」
「でも、そのっ、隆二さんはどうするんですか?」
「僕? 何が?」
「何がってその昴さんと……」
「守……」
 隆二さんはすぐに顔を上げて僕に微笑みかけました。
「僕が昴とどうこうしたいのなら今どうしてここにいるんだ?」
 そう言って壁に掛かっている時計を指差しました。
「あ……」
 時刻は既に8時を回っていました。




 今までのクリスマスは考えてみれば隆二さんに高級なお店に連れて行ってもらったりとか、毎年誰かがいたりとか、みんなでホテルでのパーティだったりと、随分贅沢だったような気がします。

 でも今年のクリスマスは2人だけ。
 小さな部屋で僕の飾ったファンシーな100均のクリスマスグッズに囲まれて、僕らは可愛いサンタさんの紙コップにシャンパンを注ぐと2人で乾杯しました。

 今年は小さな小さなクリスマス。
 でもいままでで一番嬉しいクリスマス。

 メリークリスマス!


おしまい☆