それぞれのクリスマス 01


「やぁ! あれ〜? ツリーの飾りつけまだなの?」
 新しいマンションに僕と隆二が引っ越した年のクリスマスの事です。
 一番乗りは珍しく瑠璃さんでした。
 今夜はうちでささやかなクリスマスパーティーです。
 その準備にツリーを出して今まさに飾り付けをしようとしていたところでした。
「瑠璃さん、ずいぶん早いですね〜いらっしゃい!」
「車適当に駐車場に止めちゃったよ?」
「あ、はい。大丈夫です」
 瑠璃さんは部屋に入ってくると、辺りを見回しています。僕は飾りつけがあったので遠慮なく続きの作業をさせてもらっていました。ふと、瑠璃さんが上着を脱いで僕のそばに来ました。
 飾り付けの袋の中身を覗き込むとう〜んと一言。
「これ去年と同じ飾りつけじゃないの?」
「そうですけど……」
「えーつまんなーい!」
「すみません……」

 確かにこの飾りつけ去年と同じだなぁ。

「ね? 今から新しいの買いに行かない?」
「……え?」
「買い物足りてる? 今ざっと台所見させてもらったんだけど、明らかにお酒の量が足らないよねぇ?」
「そうですか?」
「うん。冷蔵庫覗いたけど、海倉監督がくるんだったらお酒もおつまみも、チーズも足らないなぁ〜。まだ夕方まで時間あるんだし、俺車出すから行こうぜ?」
「わ、わかりました!!」
 僕はすぐに隣の部屋に掛けてあったダウンコートを手にすると瑠璃さんと外に出ました。
「その上着いいじゃーん。かっこいいね!」
「あ、これ隆二さんのお下がりです」
「やっぱり。守の趣味としてはちょっと背伸びしてる感じだったんだよね。ブランドだし。色々もらってるの?」
「はい。だって隆二さんまだ着れるのに、すぐ捨てようとするんです。もったいなくて」
「守らしいねぇ……」
 瑠璃さんは、はははと笑いました。
 なんだか最近瑠璃さん凄く大人っぽいというか背も高くなってきたし、可愛いから格好よくなってきたような気がします。
 先日成人式を迎えたそうなので、もう20。一人前の男です。
 可愛いという要素から綺麗の割合が増えた気がします。
 僕らは瑠璃さんの車に乗り込むと、相変わらず瑠璃さんは男らしくエンジンをふかし、車を発進させました。
 でも以前のような危なっかしい運転ではなくて、メリハリのある運転です。上手くなりました。
「俺の運転上手くなったとか思ってない?」
「あ、ええ、思ってますー」
 僕は心の中をあっさり見透かされて、はははと笑ってしまいました。
「守も免許取ればいいのに」
「いやぁ。僕は隆二さんにやめとけって言われます」
 僕が後ろ頭に手を置いて乾いた笑を浮かべると、瑠璃さんはまっすぐ前を向いたまま、「そお?」と呟きました。
「うーん。そうだね。確かに守はちょっと優柔不断っぽいからなぁー向いてねぇかも」
 車は国道を越えて駅前のデパートにまっしぐらです。
「ああ、なんかみんなラブラブだなぁ〜」
 街行くカップルでも見つけたのでしょうか、信号待ちで車が停車すると瑠璃さんはハンドルに頬杖をついてぽつりと呟きました。
「鶫と彰人もなんかいい感じだしなぁ〜」
「いい感じなんですか?」
「いい感じじゃない?」
「うーんどうですかねぇ。僕から見るとなんだかいつもケンカしてるみたいに見えますけど……」
「あいつらケンカしてお互いの距離測ってるからなぁ。そういうカップルもいるってことで」
「うーん。僕、隆二さんとケンカばっかりは嫌だなぁ」
 僕が顔をしかめると瑠璃さんは前を向いたまま笑顔になりました。
「守はそうでもあいつらはあれでいいんだよ!」
「なんだか瑠璃さんってキューピッドみたいですね」
「そう見える? 俺も最近なんだかそういう役回りばっかりでさーつまんねぇなぁ〜」
 車は走り出しました。もうすぐ目的地に着きそうです。
「俺も……結婚しようかな」
 ぽつりと言う瑠璃さんに僕は心臓が一瞬どきりとしました。
「えっ! 瑠璃さん付き合ってる人いたんですか?!」
「んーまぁね……」
「えっ、ど、どんな人ですかっ!」
「可愛い子だよー。俺より一つ年下」
「へぇ〜」
 瑠璃さんより可愛い男の子ってどんなんだろう。瑠璃さんが綺麗で可愛いから想像がつきません。
「俺さ〜子供が欲しいんだよね。沢山。よくいうじゃん野球チームが作れるくらいって奴」
「へぇ〜子供ですかー! ってえ? で、でも男同士だと子供無理じゃありません?」
「大丈夫だよ、俺たちは」
「だ、大丈夫って。え? え? もしかしてお相手の人って女の人なんですか?」
「そだよ」

 ええええええええーーーーーーーー!!

 全然全く想像がつきません! 瑠璃さんってしっかりそっちだったんでしょうか〜!!!
「あ、今想像つかないって顔したでしょ?」
「えっ! いえっ、そ、そんな全然!」
 そう言いながらも僕は少し背中に汗をかいていました。
「嘘つきー。守って嘘つけないよね。俺はバイなんだぜ。ちゃんと女の子も好きなの。っていうか今の子が一番いいかなぁ〜」
「彼女がいるのに、今こうしてていいんですか?」
「ああ、彼女とは明日会うんだ。今日は家族とクリスマスするんだってさ」
「そうですか〜。それにしても結婚かぁ〜おめでとうございます!!」
「まだ結婚するって決めたわけじゃないよ……ただ……」
「ただ?」
「もう男はいいかなって……」
 ふっ、と瑠璃さんが寂しそうな横顔をしました。
「……」
「俺さー。男相手だとちっとも想いが通じないんだよねー。いつも叶わないんだー。でも女の子だと癒されるっていうか、いつも絶対想いが叶う。それにもう最大に好きな男ってのは他の男の物になっちゃったからね」
 前をまっすぐ見ている瑠璃さんの顔がどことなく寂しそうに見えました。
「……そうなんですか」
「うん。たぶん男だったらもうその人しか無理なんで」
「……告白はしたんですか?」
「うーん。ちゃんとはしなかったけど、たぶん伝わったとは思うよ?」
「そうなんですか? わかってて他の人の所に行っちゃうなんて酷いですね」
「……。そうなんだよ、酷いだろ?」
 瑠璃さんはなぜか苦笑いしています。
「でも、まぁ今は大事な友達の一人だと思ってるし、結婚するのはけじめつけるためだし、いいんじゃないかなぁって」
「凄いんですね、瑠璃さん、僕なら凄い嫉妬してしまいますよ。一生口利かないかも」
「俺は嫌だなぁ口利かないってのは。いい友達でいたい。俺はバイだからそうできるのかな」
「……でもっ、瑠璃さん、僕の知ってる人なんですか? その人」
「うん。よく知ってるよー」
「それじゃ僕今度文句言ってやります! 誰なんですか?」
「えーー文句言っちゃうの? いいけどさー」
 瑠璃さんが何故か困った顔をしています。
「誰なんです?!」
 僕が詰め寄ると車はいきなり急停車しました。
「守、着いたよ、買い物行こうぜ!」
「瑠璃さん、誰なんですか?」
 僕は知りたくて問いかけましたが、瑠璃さんは違う方向を向いていました。
「今度話すよ、それより今日はクリスマスやるんだろ?」
「えっ、あっ! 瑠璃さん!!」
 瑠璃さんが車から降りるので僕も慌てて降り、そのまま僕らはデパートの入り口に入りました。
 まずは飾りつけのコーナーに行きます。
 デパートにはすでに吹き抜けに大きなツリーが飾られてあり僕らはそれを見上げました。
「凄い綺麗ですねー!」
 飾りも綺麗ですけど、イルミネーションがキラキラ輝いています。
 デパートは人でごった返していました。このクリスマスから年末にかけての人の慌しさ、僕は大好きです。
 みんなこの時ばかりは嬉しそうな顔をしているような気がして。
「そういえば瑠璃さんの家の天井にまで届きそうなツリー。凄く綺麗でしたよねーツリーそのものが輝いてましたよね」
「ファイバーツリーっていうんだ。綺麗だったろ?」
「はい、ここのツリーと張り合えますよ」
「そりゃ言いすぎだろ」
 そう言いながらツリーの近くのエスカレータに向かうと、誰かが泣いているような声が聞こえて僕は振り返りました。
 小さな男の子がツリーの下で泣いています。
「あれ……?」
 その子は「ママー」とキョロキョロ辺りを探しているようでした。
 僕は咄嗟にその子の前に近づいてしゃがみ「どうしたの? ママ見つからないの?」と尋ねました。
 男の子はしゃくりあげながら頷きます。
 男の子は固まったままただしゃくりあげるだけで、軽くパニックを起こしている様子でした。
「守、迷子だね。届出したら?」
「そうですね」
「ね、ママを呼んでくれる案内所まで行けるかな?」
 僕がそう尋ねると男の子は首を横にふりました。
「知らない人についていっちゃ駄目だってママが……」
「そっか、わかった。じゃ、ママにここにきてもらおう! 瑠璃さん、この子見てもらってていいですか? 僕が案内所まで……」
 そう言い、僕が一歩踏み出すと何かに引っ張られているような感じでした。
 振り返ると男の子が僕のコートの裾を掴んでいます。
「俺が行くから、守はその子とそこにいてよ」
「はい」
 瑠璃さんが咄嗟にその場を後にしました。
 しばらくするとデパートの案内のお姉さんがきました。
「お姉さんと案内所に行きましょう!」
「嫌。ママがここにくるの〜」
「わかったわ。呼び出すからお名前教えてくれるかな?」
 お姉さんはそう言うと僕らの方に向き直り、「ありがとうございました」と頭を下げました。
「は、はい」
「守、行こう!」
 僕らが一歩踏み出すと、男の子はまだ僕のコートの裾を掴んでいました。
「……」
「守に行かれたくないみたいだね」
「ははは……」
「ほら、お兄さん困ってるよ、お姉さんと一緒にママを待ちましょう?」
 案内所のお姉さんがそう言っても男の子は首を横に振って僕のコートから手を離そうとしません。
「お母さんくるまでお兄さんがいてくれるってさ」
 瑠璃さんが男の子に言いました。
「ほんと?!」
 男の子の顔がぱっと明るくなります。
「瑠璃さん……」
「大丈夫だよ買い物は俺に任せて! お母さんきたらさ、俺に携帯で連絡くれよ」
「わ、わかりました〜」
 僕は案内所のお姉さんに「待ってます」というと、お姉さんは呼び出しのため一旦その場を離れました。
「とりあえずすぐそこの椅子に男の子を座らせ落ち着かせます」
 しばらくして案内所のお姉さんがアナウンスを始めました。
「これで大丈夫だよ、きっとお母さんくるからね」
「うん」
「ツリー綺麗だね」
「うん」
「クリスマス、サンタさんに何かお願いごとした?」
「まだ……」
「そっかー楽しみだね」
 男の子は頷きました。何故か照れくさそうに恥ずかしそうにしていました。
 その様子を見てやっとパニックからは抜けたんだなと僕は思いました。
「僕、サンタさんにレッカー車頼むんだ」
「そうかー! お兄さんもよくサンタさんにプレゼント頼んだなぁ」
「何頼んだの?」
「そうだなぁ、フライパンとかミシンとかかなぁ」
「……? ふうん」
「車は?」
「車……車かぁ。そうそう一度だけ救急車お願いしたことあったかな?」
「救急車。僕去年救急車だったよー」
 考えてみたら僕はあんまり男の子っぽいものを頼んだ事がなかった気がしました。救急車と言いましたが、実はお人形のための救急セットとかだったんですが、よく考えると僕は子供の頃から少し女の子っぽい趣味だったかも。
 でも僕自身女の子のような格好をしたいと思ったことはなかったので、周りがおかしいとも思わなかったっけ。
 とにかく料理とか裁縫とかが得意で、家庭科の成績が凄くよかったのは覚えてます。
 時間は刻々と過ぎていきます。
 時計を見るとあれから30分は経っていました。
 男の子の顔がなんとなくまた曇ってきたような気がします。
「あ」
「?」
「見てみて! あのツリーの星5分毎に光が変わっていくよ」
「ほんと?!」
「壁の光も変わってくよ」
 ツリーの後ろの壁はまるで宇宙みたいです。時々流れ星のようにさっと光が落ちていきます。
「あの光流れ星みたいだよ!」
 男の子が言いました。
「じゃあさ、クリスマスに欲しい物サンタさんが届けてくれるようにあの流れ星にお祈りしよう!」
「うん!」
 僕らは手を合わせてお祈りしました。
「陽人!」
 そうこうしているうちにその子の母親らしき人が案内所のお姉さんと一緒にきました。
「ママ!!」
「この子はもう、勝手に行くから!」
「ごめんなさい」
 お母さんは案内所のお姉さんに事情を聞いていたのか、僕の方に振り向くと頭を下げてくれました。
「すみません、この子のわがままにつき合わせてしまって。ありがとうございました」
「いいえ。会えてよかったです!」
「バイバイ!」
 僕が手を振ると、男の子は恥ずかしそうにやっと僕のコートの裾から手を離して手を振ってくれました。
「バイバイ!!」
「守!」
「あ、瑠璃さん」
 振り返ると瑠璃さんが荷物を抱えて立っていました。
「見つかったみたいだね、よかった」
「はい!」
「ねぇ、あのまま見つからなかったらどうした?」
「えっ、そんなことないですよ。きっとお母さんくるって思ってました」
「そっか」
 瑠璃さんが飾り付けを買ってきてくれたので、僕らはそのまま地下に行ってまだ買い足りない物を買って車に乗り込みました。
 車がデパートの外に出ると外は雪が降っていました。
「守、ごめんね、俺気に入った飾りつけすぐ見つかったから、しばらく守達の様子遠くからみてたんだ」
「ええっ! 来てくれればよかったのに」
「うーん、でもなんとなくさ、邪魔したくなくて」
「なんでですか?」
「男の子ずっと守の裾掴んで離さなかったし」
「……??」
「上手くいえないんだけどさ、守ってなんかそういう相手を一途にさせちゃうところがあるんだよね」
「そう……なんですか?」
 瑠璃さんが少しだけ横を向きました。
「隆二さん、ずっと守一筋じゃん……あの隆二さんがさ……いつか飽きると思ってたのにー。この三年間全然飽きてないし、むしろ更にラブラブ?」
 瑠璃さんの寂しそうな顔を見て僕ははっとしてしまいました。
「……まさか……瑠璃さん? 瑠璃さんの好きな人って……」
 キキーーと急ブレーキがかかり、僕はまた前のめりになりました。
 車内が一瞬静まり返ります。
「はは、どうも停車が苦手なんだよね、俺」
 それから僕らは車から荷物を持ってマンションのエントランスに入りました。
 中は広くて一階には借りられる会議室や、簡易フロント(人がいたりいなかったり)、管理人室、宅配ロッカーなどがあります。
 僕らは奥のエレベーターに乗り込みました。
 それから瑠璃さんは一言も喋りません。

 まさか…どうなんだろ。ちゃんと確かめた方がいいのかな。瑠璃さんの好きな人。

「あ!」
 エレベーターが開くと瑠璃さんが声を上げます。突然瑠璃さんが止まるので僕は彼に覆いかぶさるようにぶつかると二人ともこけてしまいました。
「うわっ! あーー!! いてて……」
 散ばった荷物を二人で慌てて拾い上げふと廊下の方を見ると、長く続いた廊下の先に見慣れた人が立っていました。
 僕と瑠璃さんは心臓がどきりとしてしまいました。
 その人は長いコートを着ていて廊下の家の前の壁に背中をもたれ掛けていました。
 今日は恒例の俳優さん仲間とのパーティーだったので、コートの下は黒い正装です。
 髪はショートで少し癖っ毛ですがいつもより整えています。雪が降り続いていて雪と彼も似合うなぁ〜なんて見とれてしまいました。
「はぁ〜。今日はまた一段とカッコいいねぇ〜俺ドキッとしちゃったよー。惚れ直しちゃう!」
 僕らにすぐ気づくとその人はこちらを見ました。
「守、鍵を忘れたってメールしただろ? どこほっつき歩いてたんだ?」

 ああっしまったメール確認してないかも。

「ごめん隆二、飾りを買いに行ってたんだ」
「飾り?」
「そそ、俺がツリーの飾りもっと違うの飾りたいって守を借り出したの。ごめんねー」
 隆二さんはそこで瑠璃さんの存在に気づいたらしく、少し怒った顔が柔らかな表情になりました。
「瑠璃くん、久しぶり。元気にしていたか?」
「うん! 元気だよー! 隆二さんはドラマで見るからあんま久しぶりな感じがしないね。今度の刑事役かっこいいじゃーん」
「ありがとう」
 三人で部屋に入ると、隆二さんはコートを脱いで玄関にある洋服掛けに掛けました。
 時計をはずすしぐさも僕が言うのもなんですが絵になります。
「正装脱いじゃうの?!」
「え……」
 隆二さんが服のボタンに手を掛けようとすると、瑠璃さんが止めました。
「そのままでいてー!! 格好いいからそのままでいてよー! ねー、いいでしょ?」
「この格好じゃ落ち着けないな」
「そんな事言わずにさー! ちょっと着崩してもいいからさー。もう少し鑑賞させてよー!」
 そういうともう少しお酒でも入ってるかのように瑠璃さんは隆二さんの腕に絡みつきしなだれかかりました。
 
 今日は随分隆二さんに食い下がりますね、瑠璃さん……。

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