裏帰還 火傷 |
週末、別件のAVビデオ撮影の打ち合わせが午後3時からあるため、海倉は会議室へ赴く。 そのメンバーの中に白連がいる。 白連も最近普通のドラマに出ることが多々あり、脇役ではあるが色々と活動をしていた。 メンバーの中で1番多忙だった白連のスケジュールに合わせて、今日の打ち合わせは開かれた。会議室に白連が入ると、一斉にみなはある部分に注目する。 それについて他のメンバーが何か聞いていたようだが、白連は苦笑いをしてその場を誤魔化した。 (う〜〜む……) 海倉は会議の間中、その白連が気になった。 会議後、「軽く飲みに行こうや」と海倉が白連を誘うと、彼は笑顔で同行した。二人はスタジオを抜け、駅前の歓楽街に踏み出す。その頃にはもう日も暮れていた。 海倉の馴染みのこじんまりした飲み屋は開店して間もなく、角の席に二人はついた。 海倉はタバコに火を付けると、煙を横に吐く。 「今回のビデオ、来週一日で収録ですか?」 「う〜ん。そうだな〜俺としては二日かけたいんだが、予算が少なくてよ〜〜」 「確か前にも同じ事言って結局ロケもスタジオの庭で……」 「だよなぁ〜確かにここは広いけどよ、『帰還』ならまともなシーンもあるから色々自由にスタジオ借りれてもよ〜完全全編アダルトとなると、急に撮影場所が限られてくるから、いつも似たところでエロやってんだよなぁ〜」 「全くです」 白連も海倉も同時に苦笑する。 「いっそのこと、この際少し改装するか? 角度によって見え方が違うように、うまくからくり部屋みたいにしてみるってのはどうだ?」 しばらくしてオーダーしたさしみや焼き鳥、日本酒などが運ばれてくる。二人はまず軽く乾杯した。 先ほどから白連にどう話を切り出そうかと海倉は考え込んでいた。 「……まぁ、そのあれだ。昼間から気になってな〜。単刀直入に聞くと、どした? その頭の傷。あんまり重傷にもみえねぇんだけど目立つな?」 結局はストレートな聞き方にしかならない。海倉は興味深々なのである。聞かずにはおれない、好奇心旺盛な性格。 海倉がその話を振ると、白連は途端に無愛想な顔になった。 「事故です」 「天災か? それとも人災か?」 「……」 白連がつまらなそうに上目遣いをすると、海倉の目が途端に輝いた。 「おおっ、人災か! 興味がそそられるな。おとといお前、単発ドラマの討ち上げとかじゃなかったっけ?」 「そうですけど……」 「うんと、おとといの昼間はその傷はついてなかった。つうことは……おとといの夕方から今日の朝にかけてついた。おとといの打ち上げの翌日はお前はオフだから、オフの間についたってこたぁねぇよな?」 「詮索好きな人ですね」 「ああ、俺は野次馬男だ。詮索好きで推理好きだ」 白連は黙ったままお通しの酢の物を口に運ぶ。頭につけたバンソウコウが痛々しい。 「で? いつついたんだ」 「おとといです……」 「だろ?! つうことは打ち上げで何かあったつうことだろ? あのドラマなら俺知ってるぞ。 ええと〜メンバーにお前とケンカしそうな男は……うん? お前とそんな仲悪い男いたっけ?」 「……よしてください。変に勘ぐるのは」 「わかった!! 隆二になにかされたのか?」 いきなり図星を突かれて白連は口にした日本酒を吹いた。 「汚ねぇなぁ〜顔にかかったぞ」 「……すみません」 「おいおい、そりゃ傷害事件じゃねぇのか? 俺、やばいこと聞いちまったか?」 「いえ……」 「頼むぜ〜俺からもきつ〜くあいつに言っとくからよ、あいつ訴えるのだけはやめてくれよ、今、お前らは俺にとって大事な役者なんだからな!」 「あ〜いえ。これは僕が悪いので……」 「そうなのか? そうでもない場合もあるぞ、相手が奴ならな」 海倉がそう言うと、白連は何か言いたそうな顔をした。海倉は言ってみろと言わんばかりに見つめる。まるで俺だけはお前の味方だぞと言いたげだ。 「……監督。こうは言いたくはなかったんですがね、彼は冗談も通じない男ですね。全くくだらない男ですよ」 「まぁな。俺も奴には何度も怪我させられたからよ〜。このボクちゃんの最高級の下ネタ話に青筋立てて、鉄拳くらわすような男だからな。平手じゃねぇんだぜ、拳骨だぜ、いてぇのなんのってよ〜」 そう言うと海倉は日本酒を一気に飲み干す。白連がおちょうしに注ぎ足した。 「で? 何があった?」 「……少しだけ彼を、酔った勢いでからかっただけなんですよ」 そう言うと白連は夕べの事を思い出したのか、少し不機嫌な顔をした。 「あ〜わかるぞ。あいつ、軽いスキンシップでも目くじら立てるからな。なんであんな堅物なんだ」 「そうそう、自分はやりたい放題の癖にですよ」 「だよなぁ〜あいつ男食うの得意な癖によ、食われるのは極端に嫌うよな、いいじゃねぇかよなぁ〜少しくらい触ったくらいでよ〜親愛のしるしだろ」 「昔ネコだったくせにですよ」 「だよなぁ〜元ネコの癖によ〜少しは守くらい柔軟になっとけってんだよなぁ〜」 「……春原くんはかなり柔軟ですけどね……」 「守はへたすりゃ誰にでも食われちまいそうな隙男だからな。あいつら付き合ってるくせに極端だよなぁ〜」 監督は傍を通った店員に2,3本日本酒を追加注文した。 「隆二に関しては俺も前から不満はあった」 「監督もですか!」 「ああ」 「気が合いますね〜」 「合うな」 「あれ、でも、監督はかなり昔彼と付き合っていたんじゃないんですか?」 「ああ、少しだけな。まだ奴がネコ専門だった時な! あ〜あ。あの頃は素直で可愛かったよなぁ〜」 「でもかなり前じゃありませんでしたか?」 「そうだ。7年位前かな。ああ〜もうそんなに経っちまったんだなぁ〜。可愛かった……いつからかスポーツジムに通い始めて随分体つきも男らしくなっちまったが、それもまたよし。……おっと、話が反れたな、で? お前、あいつに何言ったんだ?」 「まぁ、その昔のネコの話を冗談交じりで……」 「酒の席でしたのかその話を?!」 「ええ、周りの人が興味深々で、僕が昔から隆二さんと知り合いだってみんな知ってましたから、つい僕も酔った勢いで……」 海倉は興味深げに無精ひげを軽くいじった。 「そりゃまずいな。あいつ人前で自分のネコ時代の話されるの1番嫌がるからな」 「もう昔の話ですし、僕だって冗談交じりですよ。でもあれですよ、その場ではニコニコしてた癖に、帰りに人のいないところに誘い出して一発パンチですよ? 思わず避けた拍子に頭に当たりました。やり方が暗すぎる……」 白連がバンソウコウを押さえながら苦い顔をすると、海倉はがははと豪快に笑い出した。 「あいつのやりそうなこった!!」 「以前から僕は不満なんですが、監督、どうして隆二役を僕にしてくれなかったんですか?」 「ん?」 「『帰還』ですよ、僕が隆二の役どころをやった方がぴったりなのに……」 「そっか? お前じゃ守と兄弟だとおかしくねぇか? 名前も中国名だし……」 「別に中国名だからっていいじゃないですか、どうせなんでもありな世界なんですから」 「それもそうだな〜。ん〜でもなぁ〜お前じゃな〜根明なSMチック過ぎだな」 「悪かったですね」 「物腰柔らかくて好青年って感じはいいんだけどな、お前はさわやかにSMしちゃうんだよな〜。 ん〜なんつうか病的な感じが足りねぇんだよな〜。ワイルドかもしれねぇけど」 「隆二さんは病気ですか?」 「あいつは病気だな、お前もさっき暗いって言ってたじゃねぇか? 陰湿な感じがいいだろ? 前半は少し暴力的じみてるが、段々と病的になってくるのがいいだろ? 演技に慣れるとあいつの本来の味が出てくるんだよなぁ〜。普段の生活が演技にも染み出てきて、あの少し湿った部屋にいそうな雰囲気がいいんだよな」 「確かに、僕じゃあそこまで暗くなれませんけども……」 「だろ? お前はなんかさわやか〜なところにいそうなんだよな。陰湿になりきれない何かがあるんだよなぁ〜。でも隆二は違うぞ、あいつはすぐ根に持つし、一人で悶々としているしな。自分一人の部屋を作ってんだよ。真っ暗な部屋をな。そこに入ろうとするとマジで恐いぞ。『ここは僕だけの部屋だから誰にも入れないぞ』みたいな」 「でも……そんなのは誰でもあるんじゃないんですか?」 「まぁな、でも一人部屋ってのは誰もが持ってるが、大抵部屋に灯り位はあるだろ? それを点けたり消したりするだろ? 窓でもいいな。他人は入れることはなくても、朝、昼、夜はあるだろ?」 「ええ、まぁ、あると思いますが……」 「あいつはそこに灯りを持ってないんだ。窓のシャッターも閉めっぱなし。でもそこの入り口辺りでうろうろしてからかうのが俺は楽しくてな〜。怪我するし、恨みは蓄積されるけどな。人に怪我させといて、更にいつまでも根に持つ、最悪だな。その時の俺を見る目はまるで汚いものを観るような視線なんだ。またそれがぞくぞくしていいんだけどな〜」 「監督……あなたはマゾですか?」 「そうなの、ボクちゃんマゾなの」 「……」 白連は海倉を少し呆れるように見つめたが、海倉は一向にお構いなしで話を続ける。 「まぁ、本来はボクちゃんがあいつの相手をしてやりたいところだが、ボクちゃんは色々と気づきすぎて奴にはうっとおしい存在らしい。実際俺には手に余る。だから、隆二みたいな根暗な細かい奴には、守みたいな鈍感な天真爛漫ボケが似合うんだよ、天真爛漫な守に少し一人部屋の入り口だけでも光当ててもらわないと、どうにもならんだろあれは……」 「春原くん……天真爛漫ボケですか?」 「あいつはそうだなぁ〜まぁ、ほぼ天真爛漫だな。一人部屋に灯り入れすぎだ。夜にしたら電気くらい消して寝ろみたいな感じか?」 「へぇ〜前向きなんですね?」 「前向きつうか……灯り入れすぎだろ?」 「納得」 (ま、一箇所だけ便所辺りに灯り入れないのが変なところなんだけどな、しかもその場所は隆二以上に光を入れないようにしてる。つうか誰も知らない……隆二よりある意味危険だな……) そう思ったが海倉はそれを言葉にはしなかった。 「くしゅん!」 「あれ、隆二さんどうしました? 風邪ですか?」 ここは隆二のマンション。週末は守が家に遊びに来て、例のお泊りである。ソファに腰掛けてくつろいでいた隆二が突然くしゃみをした。 「ん……風邪なのかな……」 隆二は少し鼻を啜る。夕食の支度でエプロンをつけた守が隆二の額に手を置いた。 「熱はないみたいですけど〜。は……あれ……くしゅん!」 「……お前も風邪か?」 「いいえ〜。おかしいなぁ〜。ん〜もしかして誰かが僕らの噂してるのかもしれませんよ〜! なんて」 「そんなはずないだろ?」 「ですよねぇ〜。そんなことより夕食にしましょう!」 おしまい?! |
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