ハッピー*ライフ 笑顔の裏側3 |
「ごめんなさいっ、僕すっかり勘違いしてましたっ」
僕は目をバッテンにして謝りました。
まさかこんなフリフリのお菓子作っている先生が脚本家の先生だなんて!思いもよりませんでした。
「人を見る目がまだまだだの……青年よ」
パイプをふかした先生もといっ先生のダンナさまが言います。
「全くその通りです……」
けれど先生もダンナさんも慌てて謝る僕に笑顔を向けてくれました。
タルトのクリームでべとべとの手を舐めながら、先生は改めて僕の顔をじっと見つめます。
「いいの、いいの、そんな些細な事!それよりあなた、私の知ってる芸能人に似てるわね?」
「そうですか?」
「『帰還』ってドラマに出てくるあのスカした’神咲守’って人に似てるわ。
……まぁ、あなたの方がくだけた感じで全然感じが違うけどもね」
……。
僕〜今くだけてますけど、同一人物です〜。
僕は嬉しいんだか悲しいんだかわからない気持ちになりました。
「『帰還』をご存知なんですか?」
僕が尋ねると先生の雲行きが怪しくなり、納得行かない様子で僕をキッ、と睨みました。
「当然じゃないの? あなた私を誰だか知らないの?!」
はい。知りません……。
「んもう!!」
「あっ!」
先生は咄嗟にハーブティのコップを手にしたままの僕の腕を黙って掴むと書斎へ引っ張っていきます。
書斎は渡り廊下の先にあるみたいです。
ゆっくりではありますが僕を引っ張る手の力強さに少々驚きました。結構力あるんですね先生。
先生がドアノブを掴み、書斎の扉を開け放つと目の前には今までの部屋とは異世界の空間が広がっていました。
そこには沢山のポスターやら生写真が見えて僕は驚きと共にあまりの照れくささに顔を真っ赤にしてしまいました。
何故なら、そ、そこには一面り、隆二さんの、写真が!!
「うわぁぁぁあぁぁあ!!」
「何、耳まで真っ赤にしてんのよ!? あなた私が隆二の大ファンだって知らないのね!」
先生はまたしても僕を鋭く睨みました。
だから、今知ったんですってば〜!!
今回の夏公開の映画ポスターはもちろんの事、僕が見たこともない水着の生写真やら、数々のドラマのポスターまでぎっしり貼ってありまさにドリームな感じです。
「凄いでしょ」
先生は何故か自慢気です。
「……凄いです」
「素敵でしょ」
「素敵です……」
それは本当です。どの写真もいつも近くで見る隆二さんとは違い、少しよそいきな顔をしていますが、本当に格好いいです。
映画を観てる時も思いましたけど、こういう隆二さんを見ると僕とは違う世界のような、遠い存在の人のような気がしてしまいます。机の上に映画のパンフレットがあり僕はそれに手を伸ばしました。
「あーこの映画のパンフレット僕、買い損ねてしまったんだ……!」
僕がパンフレットを目を丸くして見つめていると、先生はそんな僕の様子に関心を示してきました。
「……もしかして……あなたも隆二のファン?」
「え、あ……まぁ、そんなようなものです……」(本当は恋人なんですよ。えへ)
「本当?! マジで! 嬉しいわ、彼素敵よねぇ!」
「はい」
否定できるはずがありません。
「ほんとに好きなの?」
「え、あ……はい……」
「大ファン?」
「もちろんです」
僕の反応が余程嬉しかったのか先生は少し興奮気味です。
「じゃね、じゃね、あなたが隆二ファンだってんならいい物見せてあげる!!」
今までさほどスピード感をだしてなかった先生がいきなりダッシュで隆二さんのポスターの貼ってある棚らしき取っ手に手をかけると棚を開けました。
その中の大きな箱を大事そうに出すとなんと中から今よりもっと若い頃の隆二さんの写真が出てきました。
「うわぁ〜! 可愛いぃぃぃ……」
僕は思わず声に出してしまいました。
「彼がまだAVに出てる時代のピンナップや生写真よ!」
生写真は先生が撮ったのでしょうか、ピンボケの写真もあったりしてそれが妙にリアルな感じです。
でも凄く可愛いです……。
まだ十代のあどけない感じが残っています。写真はどれも恐い顔していますけど僕には可愛いく見えてしまっています。
「あの、隆二さんって、やっぱりAVからの人なんですか?」
「何〜? 今更そんな事言ってんの? あなた新米ファン? そうよ〜当たり前じゃない!! それもゲイの方ね。常識よ!」
「すみません、勉強不足で……」
「あなたもテレビドラマ組みなのね! まぁ、大抵は彼が有名になったきっかけのあのドラマから連想するでしょうね。彼にとってもあのドラマはメジャー入りを果たしたラッキー作だったし」
「……あ、でも帰還は?」
「帰還は昔お世話になった海倉監督に対しての恩で出てるのよ、でもキャスティングのテロップでは一番最後になってるでしょ? 特別扱いなのよね……」
「なるほど……」
「彼は昔に比べて待遇もずっとよくなったわ。出たての頃が懐かしいわ。やっぱり色々変わったしね〜」
「変わったんですか〜?」
「ドラマ組みのあなたはあまり彼の過去は知ってそうもないわね、聞きたい?」
「はぁ……まぁ……」
僕がなんとなく照れながら微笑んで言うと、先生は自分の好きな『隆二』に興味を示した僕を気に入ってくれたみたいで、こちらに向き直って笑顔になりました。
「AVでも出だしの頃の彼はすご〜くすさんでいたのよね、ほら、この写真の時代がそうよ。
ビデオでは可愛くて素敵だったんだけど、作品の中の彼と私達に対する態度が全然違ってて、ほとんど口聞いてくれなかった。結局私らは遠巻きで見つめるしかなかったの。仲間内はみんな恐い印象だって言ってたわね」
「……」
「でも私は恐いとか攻撃的とか、そんなのと少し違う感じがしてたの」
彼女は自分ほど隆二さんの古いファンはいないという感じで少々得意気でもあり、それでいて昔を思い出すような懐かしい目をして話していました。
「そうねぇ……どっちかというと投げやりなかんじ?」
「投げやり……」
「明日自分がどうなっても構わないって言うか……それが事故でも、他人から受ける傷でも、自分自身が自分を傷つけてもどうでもイイってカンジ……」
「え、そ、そんな……」
僕は胸がチクリとしてしまいました。
そしてカップにわずかに残っていたハーブティーを見つめながらどうして隆二さんはそんな風に自分を思ってしまったのだろうかとそれを先生に聞くべきか悩んでしまいました。
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